曲目紹介

モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 KV622



 クラリネットという楽器は17世紀末に発明されたといわれています。その後改良を重ね、18世紀半ばになって本格的に楽器として普及し始めました。モーツァルト(1756-1791)が活躍していた頃は、現在のものと比べると、まだ不完全な楽器だったに違いありませんが、広い音域と表情豊かな音色を持つこの楽器に早くから関心を抱いていたようで、1771年に作曲したディヴェルティメント(KV113)に初めて使用し、その後、セレナード、交響曲、オペラ等に用いてきました。とりわけ、クラリネット奏者にとって、とても嬉しいことは「クラリネット五重奏曲(KV581)と「クラリネット協奏曲」というクラリネットのための名曲が残されていることです。こうした作品が生まれた背景には、当時のウィーンの名クラリネト奏者アントン・シュタードラーとの出会いがありました。モーツァルトは彼の魅力的な演奏に深く感動し、上記の2曲をシュタードラーのために作曲しました。
 この「クラリネット協奏曲」はモーツァルトの死のわずか2ヶ月前の1791年10月に作曲された文字通り白鳥の歌というべき作品で、天国的な美に満ち溢れたこの曲は、彼の数多い協奏曲の中でも最高傑作の一つに数えられています。
 モーツァルトは1791年になると、それまで2年ほど落ち込んでした創作意欲が再び燃え上がったそうです。自分の死が近いことを感じたのでしょう。末期的な病魔と戦いながらも、懸命に作曲を続けるモーツァルトの孤独や悲しみをもはや超越した澄みきった心に、クラリネットの優しい音色があたたかくとけ込んでいったことでしょう。

 第1楽章 アレグロ イ長調 4分の4拍子
ソナタ形式によるきわめて長大な楽章。独奏楽器のカデンツァがおかれていない等、既成の構成概念にとらわれない自由な創意や工夫が盛り込まれています。

 第2楽章 アダージョ ニ長調 4分の3拍子 3部形式による緩徐楽章
クラリネットが歌い継いでいく静かでしめやかな歌がまさに天国的といえる美しさを醸し出しています。

 第3楽章 ロンド・アレグロ イ長調 8分の6拍子
軽やかな楽章ですが、その純粋にして無垢な明るさの中には、どこからともなく忍び寄る暗い影がはっきりとその姿を落としています。

Y.H.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002