シェイクスピアの傑作戯曲「ロメオとジュリエット」は、そのドラマチックな物語展開から数多くの音楽家にインスピレーションを与えて
きた。この作品を題材とした曲は多く存在するが、その中でも特に人気が高いのが、本日演奏するチャイコフスキーの「幻想序曲」である。
チャイコフスキーが活躍した当時、ロシア5人組という民族楽派の作曲家たち(バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、ボロディン、リム
スキー=コルサコフ)がロシアの楽壇の中心におり、チャイコフスキーも親交を深めていた。その中でも指導的役割を担っていたバラキレフ
に、本作品は献呈された。ある日、バラキレフはチャイコフスキーに「ロメオとジュリエット」を題材とした曲を作曲するように勧めた。バ
ラキレフは、まるで自分が作曲をするかのように曲の構造や調性についても詳しく語ったそうで、チャイコフスキーはその説明をもとに早速
作曲に取り掛かった。わずか3か月ほどで完成した曲は、後にバラキレフの助言を受けながら改訂が重ねられ、今日最も多く演奏されている
「第3稿」をもって完成した。
本作品は、物語を忠実に描写したというよりも、各エピソードから得たインスピレーションを次のような構成で表現している。
序奏 修道僧ローレンスの語り
管楽器のコラールのもと、かつてロメオとジュリエットの結婚を取り計らった修道僧の語りが始まる。既に若い男女はこの世にはなく、二人を失った過去の悲劇を振り返るローレンスの語りが徐々に迫真に満ち、弦楽器と管楽器の呼応と共に物語の幕が開く。
第一主題 モンタギュー、キャピュレット両家の争い
激烈なテーマが、両家が激しく争っていた当時を描写する。途中、シンバルの鋭い連打は剣を交わした戦いを表し、この後の悲劇の引き金となる。
第二主題 ロメオとジュリエットの清らかな愛
激しい争いから一転して、愛に満ちたテーマが奏でられる。
コールアングレがロメオ、フルートがジュリエットを表し、かの有名なバルコニーでの出会いの場面を彷彿とさせる。
再現部 争い再び、そして悲劇の死
しかし幸せな時間は長くは続かず、ロメオとジュリエットは再び 両家の争いに巻き込まれてゆく。修道僧の計らいの元、二人で脱 出を試みるが、行き違いで互いに死んでしまったと思い込んでしまう。悲観して二人が命を絶ったことを、ティンパニの激しいロールが雷鳴のごとく表す。
後奏 葬送行進曲、二人の昇天
ティンパニの静かな鼓動が脈を打つように葬送へと誘う。鼓動が止まると、管楽器の清らかな長調のメロディーが奏でられ、天国で一緒になれたロメオとジュリエットを暗示する。最後は再びティンパニが轟き、劇的なTuttiで物語の幕が閉じる。
Y.K.