曲目紹介

エルガー:エニグマ変奏曲


 イギリスの音楽は、17世紀後半に活躍したヘンリー・パーセル以降、長い停滞期を経てエドワード・エルガーの登場で輝きを取り戻した といわれている。楽器商を営みながらオルガン奏者やピアノ調律師をしていた父と芸術を愛する母のもとで幼いころからピアノ、ヴァイオ リンそして作曲を学んだ。そして42歳の時に作曲したこの「エニグマ変奏曲」で一躍有名になった。もっとも有名な「威風堂々」はこの後 に作曲されている。この「エニグマ」とは、「謎」の意味で第二次大戦中の暗号機の名前に使われたことで知られているが、エルガーはこ の曲の中に二つの「謎」を仕込んでいる。一つは、各変奏の題名につけられたイニシャルが誰かということと二つ目は作曲者自身が言って いるように「作品中に現れない謎の主題」が使われていること。一つ目のイニシャルの「謎」は既に解かれているが、二つ目の「隠された 主題の謎」は未だ解かれていない。TPOの演奏を楽しみながら是非この「謎」を解いて頂ければ幸いである。各変奏は、友人たちの特徴をよ くとらえた曲からなっている。

主題 Andante
 第1ヴァイオリンとクラリネットによる対照的なフレーズから主題が構成されている。

第1変奏 L’istesso tempo(C.A.E.)
 エルガーのピアノの教え子だった最愛の妻キャロライン・アリス・エルガーを描いている。

第2変奏 Allegro(H.D.S-P.)
 エルガーと室内楽を一緒に演奏したピアニストのヒュー・ディヴィッド・スチュアート=パウエルが指慣らしにピアノに触れるさまをパロディ化している。

第3変奏 Allegretto(R.B.T.)
 考古学者であり、声色を自在に変えることができた俳優であったリチャード・B・タウンゼントが演ずる様子を描写している。

第4変奏 Allegro di molto(W.M.B.)
 大地主で紳士であったウィリアム・M・ベイカーの精力的な気質を表すような激しい曲。

第5変奏 Moderato(R.P.A.)
 詩人の息子であるリチャード・P・アーノルドのイニシャルで真面目な一方、奇抜で洒落たことをいう人でオーボエがそれを表現している。

第6変奏 Andantino(Ysobel)
 エルガーのヴィオラの弟子であるイザベル・フィトンがヴィオラを苦労しながら練習する様子を描いている。

第7変奏 Presto(Troyte)
 建築家であったアーサー・トロイト・グリフィスがピアノの練習に悪戦苦闘する姿が描かれている。

第8変奏 Allegretto(W.N.)
 隣人で友人であったウィニフレッド・ノーベリーの笑い声と邸宅の雰囲気を醸し出している。

第9変奏 Adagio(Nimrod)
 14の変奏の中で最も有名な曲。楽譜出版社の編集者でエルガーの擁護者であり親友であるアウグスト・イエガー(愛称「ニムロッド」)と音楽談義をしている様子を描いている。

第10変奏 Intermezzo : Allegretto(Dorabella)
 第4変奏のベーカーの義理の姪ドーラ・ペニーの愛称ドラベッラ(モーツアルトの「コシファントッテ」に登場する乙女の名前)の笑い声や話し方が木管楽器で表現されている。

第11変奏 Allegro di molto(G.R.S.)
 ジョージ・R・シンクレアは、ヘレフォード大聖堂のオルガン奏者でその飼い犬ブルドックのダンの仕草を音楽的に表現されている。

第12変奏 Andante(B.G.N.)
 有名なチェロ奏者で室内楽の演奏で親しかったバイジル・G・ネヴィンソンが弾くチェロが瞑想的に表現されている。

第13変奏 Romanza : Moderato(***)
 イニシャルが隠されているため人物が特定されていないが、当時オーストラリアに旅立ったレディ・メリー・ライゴンかかつてエルガーの婚約者でニュージーランドに移民したヘレン・ウィーヴァーのことではないかと言われている。

第14変奏 Finale : Allegro(E.D.U.)
 妻アリスがエルガーをエドゥ(EDU)と呼んでいたことからエルガー自身を表した曲。

S.O.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2017