曲目紹介

ワーグナー:タンホイザー序曲


 ロマン的オペラとの副題がつけられたこのオペラ、正式な名称を「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」といい、実在したといわれるミンネゼンガー、タンホイザーの伝説を核として成り立っています。
 伝説は13 世紀、中世ヨーロッパがキリスト教を中心とした王権が確立していた時代が舞台です。タンホイザーはアイゼナハ近郊のヘルゼルベルクで、絶世の美女に招かれるままに、キリスト教が支配する禁欲的な地上から逃れ、ヴェーヌスベルクと呼ばれる、古のギリシャの神々が生き延び、本能と欲望が満たされる地下の世界で、ヴェーヌス( ギリシャ神話のヴィーナス) と日々を過ごしていました。
 そんな何不自由ない暮らしに飽きてしまったのか、彼に地上を思う心が芽生え、キリスト教の聖母マリアの名を唱えた途端、ヴェーヌスベルクは消え失せ、彼は地上に戻ってきます。
 異教の神々のもとでの暮らしを悔いたタンホイザーは、キリスト教の聖都ローマへの厳しい贖罪の旅を経て、ローマ教皇の前で必死に告解しますが、赦しを得られることはありませんでした。教皇は干からびた棒にすぎぬ杖を手にし、「これに緑葉の萌出ることがあれば、なんじは神の恵みを受けられるだろう」と皮肉と嘲笑に満ちた言葉を投げかけます。この言葉に絶望し、打ちひしがれたタンホイザーは、ヴェーヌスベルクへ戻っていってしまいました。
 ところが、タンホイザーがヴェーヌスベルクへ戻った三日後に、枯れ木であったはずの杖から緑が芽吹き、神意を知った教皇は慌てて彼を探させますが、すでに彼は異教の神々のものとなリ、見つけることはできなかったといいます。
 ワーグナーはこの伝説に、同じ13世紀にテューリンゲン地方のヴァルトブルク城で行われたとされる歌合戦や、実在した聖エリーザベトをタンホイザーを救う存在として配し、清純な女性の愛がヴェーヌスを退けてタンホイザーの魂を天国へ導くという崇高な終わり方に仕立て上げています。
 この序曲はA → B → A' の3 部形式となっており、いかにもワーグナーらしい重厚な響きが魅力のA、A’部分と色彩感にあふれた中間部B で構成されています。そして、ここにキーポイントとなる「巡礼の合唱」と「ヴェーヌスをたたえる歌」の二つの旋律を配し、明瞭な形でオペラ全体を予告するような役割となっています。
 劇中でローマへの巡礼者達が歌う「巡礼の合唱」の旋律で静かに始まる曲は、進むにつれ楽器の数が増え、トロンボーンとテューバにより高らかに奏でたあと、巡礼が遠ざかるように音量が小さくなっていきます。つづいて、ヴィオラによる「快楽の動機」からB 部に入り、再び楽器の数を増やしながら、「ヴェーヌスをたたえる歌」を全奏で奏で、その後、さめるように静まっていきます。そして、ヴェーヌスベルクでの快楽による陶酔を清めるように再び「巡礼の合唱」の旋律がかえってきてA’部へ入り、最後、再び全奏により奏でられ、曲は力強く終わります。 

S.W.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2016