曲目紹介

モーツァルト 交響曲第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」


 1782年、当時26歳でウィーンに住んでいたモーツァルトはフリーの音楽家として演奏活動や作曲、ピアノのレッスン、楽譜の出版などで生計を立てていました。
 そんな時に父のレオポルドから、親交のあったザルツブルグ市長ハフナーの子息が貴族になったため祝賀用の音楽を書くようにという手紙を受け取り、完成させたのが本交響曲の元となったハフナー・セレナードです。(モーツァルトは1776年にもハフナー一家の為に有名なセレナード;第7 番ニ長調K.250を書いていますが、こちらは別物です)
 この頃のモーツァルトは新作オペラ(後宮からの誘拐)の上演や、その他多くの作曲・編曲の仕事を抱えて多忙を極めており、必ずしもこの父からの依頼は嬉しいものではありませんでした。実際にレオポルドに対しては「自分がどれだけ忙しいか分かっているのですか」という文句の手紙も送っていますが、それでも一楽章完成するごとに馬車でザルツブルグへ楽譜を送り届け何とか完成させています。
 しかし限られた時間の中でこれだけの傑作を作れることがモーツァルトの天才たる所以でしょう。モーツァルト自身も完成した作品の出来には満足していたようで、翌年には譜面をザルツブルグから返送させて自身の音楽会で披露するため交響曲に編曲しています。その編曲もセレナードから行進曲と2つあったメヌエットのうちのひとつを削除して全体を4楽章とした他、楽器編成にフルートとクラリネットを追加した程度のもので何ら作品の骨子は変わっておらず、改めて原曲の完成度の高さを物語っています。
 曲調としては各楽章ともシンプルな構成ながら、ハフナー家の祝賀という本来の目的にふさわしく全体的に華やかで輝かしいムードに満ち溢れており、今日においても最も聴衆に愛されている交響曲の一つとなっています。

【曲の構成】

第1楽章 アレグロ・コン・スピリート
 モーツァルトが「炎のように情熱的に演奏されるべき」(父レオポルドへの手紙にて)と述べた第1楽章は、ハフナー家を祝う優雅なファンファーレとなっています。冒頭はエネルギーを溜めるような全音符から一気に2オクターブ跳躍するという非常に力強いテーマで幕が開け、その後は同一のテーマが転調を重ねながら繰り返されて勢いを保ったまま最後まで突き進みます。

第2楽章 アンダンテ
 弦楽器の奏でるモーツァルトらしい甘美な旋律にオーボエ、ファゴット、ホルンによる柔らかいハーモニーが重なり、優美で暖かみのある楽章となっています。セレナードとは本来貴族による社交会、夜会のBGMに使われるものですが、当時のエレガントな雰囲気がそのまま伝わってくるようです。

第3楽章 メヌエット
 メヌエットは3拍子の1拍目にアクセントが置かれる比較的ゆったりとしたリズムの舞踊曲で、元はフランスの民俗舞踊に由来するものですが、それもモーツァルトにかかれば上品で洗練された楽曲になります。冒頭部の弦楽器によるリズミカルなメヌエットと中間部のヴァイオリン,オーボエ,ファゴットによるのんびりとした旋律のトリオが良い対比となっており、更に管楽器には2楽章で用いられた楽器にトランペットとティンパニが加わりより華やか印象を与えています。

第4楽章 プレスト
 弦楽器による8小節のp(ピアノ)の後、全奏でのf(フォルテ)が展開され爆発的で推進力溢れる終楽章が始まります。この楽章はモーツァルト自身が「可能な限りの早いテンポで演奏すること」と指示しており、それが結果的に各楽器に超絶技巧を求めることになっています。(特にチェロやコントラバス、ファゴットといった低音楽器にとってはヴァイオリンと同じ動きを要求される、「無茶ぶり」とも思える譜面です・・)。曲は冒頭の主題を何度も再現しながら、息つく間もなくフィナーレまで一気に駆け抜けます。
 このハフナー交響曲の初演は1783年、ウィーンでモーツァルト自身の指揮で行われたのですが、その時は超満員の観客に皇帝まで参席し興奮と喝采の中大成功を収めたと記録されています。本日の私達の演奏も情熱を持って、超絶技巧(?)を駆使し、当時に負けないような熱演にしたいと思います。

H.K.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2015