この歌芝居は、モーツァルト35歳、彼にとって最後の年となる1791年に作曲され、同年、彼自身の指揮により上演されました。一見すると荒唐無稽なこの物語は、もしかしたらまったく意味がわからないと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。物語の冒頭を簡単に紹介します。
「助けてくれ!助けてくれ!」と歌いながら現れる主人公タミーノ、大蛇に追われすぐに気絶してしまう。大蛇を倒して彼を助けるのは、夜の女王に仕える3人の侍女達。彼女たちは倒れているタミーノの美しさをみて、誰が介抱するかともめ始めるが、結局あきらめて3人で女王に報告へ向かうことにする。そして入れ替わりに現れるのは鳥刺し男のパパゲーノ。
鳥刺しとは鳥を捕まえる当時の職業であり、劇中では全身を鳥の羽で着飾ったコミカルな狂言回しとなる。パパゲーノは目覚めたタミーノにたいして大蛇を倒したのは自分だとうそぶくが、戻ってきた侍女達におしおきされてしまう。侍女達はまた、タミーノに夜の女王の娘パミーナの肖像画を渡す。
これを見たタミーノはいきなり真実の愛に目覚めるが、パミーナは悪者ザラストロにさらわれてしまったことを知り、彼女の救出を固く誓う。そこに夜の女王が現れて、見事助け出したあかつきには王女を与えようという。
タミーノとパパゲーノはそれぞれ魔法の笛と銀の鈴を与えられ、お供として現れる3人の少年につれられて太陽の世界へと向かう。
物語自体は荒唐無稽ですが、これは形式張らずに特徴的な場面を次々と出し観客を喜ばせることを優先させた結果かもしれません。しかしながら、中には明確に裏の意図が含まれた演出もあります。
たとえば物語中に散りばめられた3というキーワードは、モーツァルトによってあえて与えられたもので、さらにこれは曲についても同様です。劇中の多くの曲は調性が変ホ長調で♭が「3」つで、ほかにも「3」和音、フレーズの「3」度の繰り返しが度々現れます。
これはもちろん、今回演奏する序曲にも当てはまるので、意識して聴いてみると新たな発見があるかもしれません。
さて、ここで序曲自体について解説しましょう。はじめに和音が鳴り響き、夜の雰囲気を思わせる厳かな冒頭部を抜けると、一転して軽快なテーマが現れます。これは、パパゲーノの立ち回りや、その恋人パパゲーナとの愛の二重唱を思わせる、どこかコミカルなものです。しかし同時に、あの有名な夜の女王のアリアを連想させる若干の影を感じるかもしれません。
その後、管楽器のみで演奏される儀式めいた中間部を経て、再びアレグロのテーマが演奏されます。「魔笛」の序曲だけあり、特に木管楽器に注目していただきたいと思います。劇中ではタミーノが魔笛であるフルートを吹くと、森の獣や鳥達が集まりその美しい音色に聞き惚れますが、もちろん序曲でも同様の活躍を見せます。
また、まだ新しい楽器であったクラリネットについても、協奏曲や五重奏曲などいくつもの名曲を残し、ある意味初めてこの楽器を完成させたともいえるモーツァルトの、しかもその最後期ならではの活躍が見られるのでぜひご期待ください。
T.M.