曲目紹介

ベルリオーズ: 幻想交響曲
 “ある芸術家の生涯の出来事、5 部の幻想的交響曲”


 「幻想交響曲」は初演(1830年)された当時の人にとっては、衝撃的な曲であったに違いない。当団が前回演奏したベートーヴェン「荘厳ミサ」の初演からたった5年後に、これほど奇想天外な交響曲を聴くことは誰も想像していなかったと思う。
 ベルリオーズは、曲想・発想の奇想天外さから、“変わり者”の印象が強いが、作曲技法や管弦楽技法においては非常に緻密で、また、後世に多大なる影響 を残している。「幻想交響曲」に登場する“最愛の人”(ベルリオーズが恋に落ち、後に結婚したアイルランドの女優ハリエット・スミスソン)を表す旋律(「イ デー・フィクス」と呼んでいる)が、これはワーグナーがオペラを作曲する際に用いた「ライトモティーフ」という手法に多大なる影響を与えている。また、 1844年の彼の著書「近代楽器法と管弦楽法」は、全世界の作曲家に多大な影響を与え続けた。特にグスタフ・マーラー(1860-1911)の交響曲における音 のバランス感や効果においては、もっとも色濃く影響があらわれていると言える。
 ベルリオーズは1855年版を演奏した際のプログラムに以下のような解説を残している。音楽評論家としても活躍していたベルリオーズが自身の作品を 半ば客観的に解説したものではないかと推察する。
 なお、本演奏会では、2楽章にコルネットのオブリガートを付加した1844年版(当時のコルネットの名手“ジャン=バティスト・アーバン”のために追加されたといわれている)を演奏する。当団の名手の演奏もお楽しみいただきたい。
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まえがき
 病的な感性と情熱的な想像力を持った若き音楽家が恋に破れ、アヘンを服毒してしまう。しかし、そのアヘンの量は彼の死を引き起こすにはあまりに少なすぎたため、奇妙な幻想を伴う深い眠りに陥った。感覚、感情、記憶が音楽的なイメージとなって脳内に響く。そこかしこから聞こえてくる旋律は、“最愛の人”まさにその人であり、確固たる観念となった。

第1楽章 「夢、情熱」
 彼の感情は、情熱、憂鬱、喜びが波のように寄せては返す。“最愛の人”を見つめた途端、火山のように愛情が吹き出し、同時に胸を締め付ける思いと嫉 妬、怒り、厳かな慰みが彼を錯乱させる。

第2楽章 「舞踏会」
 とある休日、華やかな舞踏会で彼は再び“最愛の人”に出会う。
第3楽章「野の風景」
 ある夏の夜、彼は2人の羊飼いが奏でる『牛追い歌』を聞く。牧歌的な二重奏、その場の情景、静かに風にそよぐ木々の軽やかなざわめき、そして、このと ころ彼が抱いている希望が織りなす幾つかの思いがすべて合わさり、彼の心に味わったことのない平安をもたらし、気持ちが明るくなった。しかし、彼女 を再び見つけると、彼の心は締め付けられ、辛い予感が頭をよぎる。もしも彼女に裏切られたら...1人の羊飼いは、また素朴な旋律を吹く。もう1 人は応えない。太陽が沈む...雷鳴は遠く...孤独...沈黙...※『牛追い歌』はアルプス地方の牧歌。コールアングレと舞台裏のオーボエによって演奏される。
第4楽章「断頭台への行進」
 彼は夢を見た。“最愛の人”を殺したために、死刑を宣告され、断頭台に引かれていく夢を。行列は行進曲にあわせて進む。行進曲は、時には華麗で厳粛に、時には暗く激しく響く。鈍く重々しい足音が絶え間なく続く。最後に“最愛の人”が現れ、愛の思いが浮かんだかと思った瞬間、致命的な一撃によって遮断された。
第5楽章「魔女の夜宴の夢」
 彼は『魔女の夜宴』で自身を見つける。亡霊、魔女、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の化け物の恐ろしい一団が彼の葬儀に集まっている。奇妙な音、唸り声、 ケタケタと笑う声は遠くから聞こえる叫び声に応えているようだ。“最愛の人”の旋律が再びあらわれる。しかしそれは、かつての気品や慎みを失っている。も はやグロテスクで卑しい舞踏の旋律以外の何ものでもない。彼女が『魔女の夜宴』にやってきたのだ...彼女の到着を喜ぶ唸り声...彼女が悪魔の大饗宴に加わ る...葬儀の鐘、『怒りの日』のパロディ。『魔女の夜宴』のロンド。『魔女の夜宴』のロンドと『怒りの日』が折り重なって。※グレゴリオ聖歌『怒りの日』(Dies Irae)が主題に用いられている。

T.Y.


©東芝フィルハーモニー管弦楽団2013