あまりにも有名で、誰もが耳にしたことであるだろう古今の名曲の一つ、ビゼーの「アルルの女」。
この組曲は、フランスの印象派作家ドーテの戯曲「アルルの女」に付随する形で作曲された劇音楽である。本組曲は、ビゼーが自身の独創性を存分に発揮し、「アル
ルの女」の舞台であるプロヴァンスののどかで美しい自然の風景や、庶民の生活の様子が、いきいきと目に浮かぶような絵画的、色彩的音楽表現のあふれる曲に仕上
がっている。
各曲の解説に入る前にドーテの戯曲のあらすじを紹介しておきたい。
南フランスの村の旧家、カストゥレの農家の生まれのフレデリ青年。幼い頃に父を亡くし、母と、知的障害を持つ弟と、忠僕のバルタザールと暮らしていた。ある
日、アルルで遇った美しい女、アルルの女に心を奪われ、激しく募るその恋心から結婚を切望する。しかしながら、フレデリは、ヴィヴィエットという純情な許嫁が
いる身。彼女のフレデリへの献身的な愛も虚しく、フレデリは、アルルの女のことがどうしても諦められずに悩みに悩み、日に日に衰弱していく一方。息子を見かねた
母は、ついにアルルの女との結婚を許す。そして、許嫁のヴィヴィエットもフレデリを愛するが故に、自らが身を引こうとするが、そのヴィヴィエットの深い愛に心を
打たれたフレデリは、アルルの女をあきらめ、ヴィヴィエットとの結婚を決意する。二人の婚礼の式の日、フレデリは、偶然、アルルの女がほかの男と駆け落ちをする
ことを知ってしまう。断ち難い狂気的なに嫉妬にかられて苦しんだフレデリは、婚礼の祝いのファランドールの歌声と踊りのあふれる中で、農家の小屋の上からわが身
をおどらせて自らの命を絶つのである。
これは悲劇の物語である。だが、悲劇であること以外にも、意外なことがある。フレデリが最後には自殺を図るほどまで激しい恋心を募らせたアルルの女だが、幾度
となく話題には挙がるものの、劇中に一度も登場することがない。姿を一切現さないアルルの女。しかし、この女に翻弄される青年とその周りの人々。この心理描写に
こそ醍醐味があると言って良いだろう。
実際、ビゼーの組曲においても、登場人物の心模様を感じさせるような情緒に満ちた旋律が至るところにちりばめられている。登場人物達の息遣い、心模様、そして物語が畳み掛けてくるような臨場感を感じていただければ幸いである。
<第1組曲>
前奏曲
第一幕開幕前に演奏される。有名な冒頭の行進曲風の主題部分はプロヴァンス民謡「3人の王の行進」に基づくとされている。続くサクソフォーンが主題を歌うアン
ダンテではじまる部分は、主人公フレデリの知的障害の弟にまつわる心理描写とされている。続いてヴァイオリンが哀愁に満ちた旋律を歌い曲はクライマックスを迎え
るが、これはフレデリの恋の苦悩がモティーフとされている。
メヌエット
第三幕の祭りの場への前奏曲として演奏される。哀愁を帯びた調べのメヌエットと優艶なトリオのワルツが印象的である。
アダージェット
第三幕に挿入される間奏曲。忠僕のバルタザールとかつての恋人の女性が再会し、しみじみと語り合う場面の描写。昔の思いが穏やかに胸に迫るがごとく、弱音器付の弦楽合奏が優しく旋律を奏でる。
鐘(カリヨン)
祭りの日、フレデリたちの婚約が発表される場面で流れる鐘の音を模倣した音楽。
<第2組曲>
パストラール
緩やかで豪快な牧歌的旋律で始まり、途中からはフランスの舞曲に使用されるプロヴァンス太鼓も加わり、舞踏風リズムへと曲が展開していく。
間奏曲
冒頭のユニゾンに代表される主題が荘厳で力強い。サクソフォーンの奏でる優雅な旋律が美しい。
メヌエット
ビゼー作曲のほかの歌劇「美しきパースの娘」から借用した音楽であり、原作の中にはなかったものだが、「アルルの女」の中のフルートのソロ曲として今日広く知られている。
ファランドール
劇の終幕。村人たちの華やかな踊りのファランドールと、第1組曲の「3人の王の行進」の主題が交互に現れて曲が熱狂的に展開していく。
※戯曲「アルルの女」の付随音楽として、当時27曲 のオーケストラ曲が作曲されたが、演奏会用に改編され、2つの組曲となった。
C.N.