曲目紹介

ブラームス 悲劇的序曲 作品81


 ブラームスは同じジャンルで対照的な作品を作曲する傾向があったようで、着想から20年かけて重厚な交響曲第1番を完成させた1876年の翌年1877年には明るく伸びやかな交響曲第2番を完成させている。交響曲第2番の完成から2年後の1879年、ドイツ(現ポーランド)のブレスラウ大学からの名誉博士号授与の申し出に応えて作曲された陽気な「大学祝典序曲」と並行して作曲されたのがこの「悲劇的序曲」である。ブラームスはカール・ライネッケへの書簡の中で、これら二つの序曲について、ギリシャやローマの劇場にある喜劇と悲劇のマスクのように「一方は泣き、もう一方は笑う」("one of them weeps, the other one laughs")と述べており、具体的な悲劇を想定したものではないようである。このことは、名誉博士号の推薦人の一人であったブレスラウ音楽協会の友人ベルンハルト・ショルツに宛てた書簡において、この序曲のことを「劇的もしくは悲劇的もしくは悲劇序曲」("'Dramatic' or 'Tragic' or 'Tragedy Overture'")と呼んでいるようにタイトルを決めかねていることからも窺える。
 この序曲は交響曲の第1楽章としてそのまま採用できるような形態を取っており、曲の長さは四つの交響曲の第1楽章より短いものの、編成はピッコロとテューバを含む交響曲と同等以上の規模で、内容もブラームスの交響曲を凝縮したような充実したものである。構成は自由なソナタ形式であり、第1主題の再現が展開部と一体化した形になっている。全合奏による劇的な二つの和音で始まり、曲の雰囲気を支配する上昇形と下降形のフレーズによる第1主題が提示された後、長い推移主題を経てメロディアスな第2主題が提示される。第2主題から提示部の終わりにかけては1860年頃の初期のスケッチが残されているようである。展開部ではテンポを半分に落とし、第1主題が変容した葬送行進曲の様相を呈す。再現部では当初のテンポに回帰するが第2主題の再現までは抑制的に進み、その後提示部通りに再現されクライマックスを築き、最後一瞬穏やかな旋律が現れたのち、劇的に曲を閉じる。

T.S.


©東芝フィルハーモニー管弦楽団2012