曲目紹介

ロッシーニ:「セビリアの理髪師」序曲



 “ああロッシーニ!あなたですね、「セビリアの理髪師」の作曲者は。おめでとう、あれは素晴らしいオペラだ。”
 ロッシーニが訪問した際の、ベートーヴェンの言葉である。この二人は音楽も、その人生も実に対照的である。自身の音楽を追求し続けたベートーヴェ ンに対し、時代の求める曲を書き続けたロッシーニ。貧困に苦しんだベートーヴェンに対し、食通としても知られ、まるまる太ったロッシーニ。
 もちろん、ロッシーニ自身が大衆の求める音楽との齟齬を感じることもあったであろう。しかし彼は、大衆の好む音楽をとりこみつつ、巧みに自分の書きたい曲を書き続けた。仮に初演が不評であったとしても、同じフレーズを繰り返し自身の曲に取り入れ、聴き手に理解されるまで使用し続けた。
 ところで、冒頭のベートーヴェンの言葉には、以下の言葉が続く。
 “あなたはオペラ以外のものを書いてはいけませんぞ。他の分野で成功しようと考えたら、あなたの天分を歪めることになるでしょう。”
 実際のところ、彼の天分は音楽に留まるものではなかった。晩年にはパリで美食家としてレストランを経営し、料理の名前にも多くその名を残している。

などなど、彼と料理にまつわる逸話は数多い。真偽不明のこれらのエピソードは、彼自身のコミカルな性格と、それに対し自身のことを話したがらない繊細な性格とにより広がっていったものであろう。
  いずれにしても、フランス革命により大衆に音楽と美食が普及したその時代の流れを的確に掴み、双方の道を極めたロッシーニが魅力的な人物であること は間違いない。
  さて、本日演奏する「セビリアの理髪師」序曲でも、彼の特徴的な表現である、その名も"ロッシーニ・クレッシェンド" が効果的にあらわれる。これは、同じフレーズを、しだいに音量と速さを上げつつひたすら繰り返す手法であり、聞くものを徐々に興奮へとかきたてる。
 このオペラは主人公である伯爵があらゆる人物に変装を繰り返しながら、お目当ての美女へ愛のアピールを試みるドタバタ劇である。そんな内容にマッチしたこの序曲も、ロッシーニならではのコミカルさと明快さを持つ、彼の魅力が詰まった曲だと言えよう。

T.M.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2012