曲目紹介

ボロディン 歌劇『イーゴリ公』


 イーゴリ公が活躍した12世紀、ウクライナ中部からロシア北西部にかけて暮らすスラヴ人諸国のすぐ東や南に はトゥルク系の遊牧民族が暮らしていた。ポーロヴェツ人(だったん人)もその一つである。時折スラヴ人の町に現 れては略奪を行うポーロヴェツ人に対し、イーゴリ公は度々遠征を行い勝利を重ねた。歴史書は彼を『勇敢公』とし て後世に伝え、宮廷詩人は彼がたった一度破れて捕虜となった戦いの物語を、叙事詩『イーゴリ軍記』として残した。 19世紀後半、民族主義が高揚する中アレクサンドル・ボロディンが歌劇のテーマとして選んだ題材は『イーゴ リ軍記』であった。自ら台本まで手がけた歌劇『イーゴリ公』の作曲は難航し仲間の作曲家達の協力を得ながら進め られた。ボロディンは1887年に急逝し、『イーゴリ公』の完成はリムスキー=コルサコフとグラズノフの手による。 3 時間に及ぶ歌劇のうち本日取り上げるのは次の3曲である。

序曲
 殆どのメロディーが劇中から採られており、さながら映画の予告編のような音楽である。冒頭はポーロヴェツ人 に捕らわれたイーゴリの絶望から始まる。途中聞こえるエスニックで爽やかなメロディーは、イーゴリと共に捕らわ れた息子ウラディーミルと恋に落ちたポーロヴェツ人の娘の愛のテーマである。父と共に脱走を図ろうとしたウラ ディーミルは娘に引き止められ、葛藤の末、娘と共に草原に生きることを決意する。また、ホルンから始まる優しい メロディーは、城でイーゴリの帰りを待つ妻ヤロスラヴナの歌である。この他にも、帰還したイーゴリとヤロスラヴ ナの歓喜の歌など様々な場面が散りばめられている。
民衆の合唱
 続く民衆の合唱は実際のオペラでも続いて演奏される。ここでは合唱団はスラヴ人の民衆であり、英雄イーゴリ 公を讃える。слава(スラーヴァ)と繰り返すのが万歳の意である。
だったん人の踊り
 捕らえられたイーゴリの誇り高い態度に惚れ込んだポーロヴェツ人のハーンが設けた宴席での歌である。遠方か ら攫われて来た奴隷たちが故郷を想う歌と、ポーロヴェツ人たちがハーンを讃える歌が交互に歌われる。宴は次第に白熱し、 熱狂のまま幕を閉じる。

T.M.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2010