曲目紹介

ムソルグスキー/ラヴェル編 組曲「展覧会の絵」


 「展覧会の絵」の原曲は、ムソルグスキー(1839年 ロシア生まれ)作曲のピアノ用組曲で、何人もの作曲家 によって、オーケストラ用に編曲されています。本日、 お届けするのは、その中でも最も広く親しまれている、 ラヴェル(1875年フランス生まれ)編曲版です。
 ラヴェルは、構成や音の長さなどを一部変えていま すが、ほぼ原曲を忠実に再現した編曲を行いました。
曲は、絵の名前が付いた10曲とその間に奏される「プ ロムナード(散歩/間奏曲)」から構成されています(各 曲の紹介は後述)。一見したところ、展覧会に出展さ れた絵を次々と鑑賞していくという、標題音楽のよう に見えます。確かにそうなのですが、原曲が作曲され た経緯を知ると、味わいが少し変わってきます。
 原曲は、ムソルグスキーの友人であったガルトマン を偲んで作られました。ガルトマンは、無名のまま亡 くなった画家、建築家でした。二人の交流は、ガルト マンの死までのわずか三年ほどでしたが、お互いに認 め合い、尊敬しあっていました。目指す芸術の方向が 一致していたのかもしれません。ムソルグスキーの音 楽にも、ガルトマンの遺したスケッチにも「ロシア的」 という共通したイメージがあります。ムソルグスキーは、 友の突然の死(享年39歳)に2日間起き上がれない ほどの衝撃を受け、知人への手紙に、なぜ、最後に会 った時に具合が悪そうだった彼をもっと気遣わなかっ たのかと、後悔の念を綴っています。この友の遺作展 にインスピレーションを得て、「展覧会の絵」は作曲 されたのです。
 ムソルグスキーも生前は不遇で、楽譜が出版される こともなく、42歳でアルコール中毒と衰弱による孤 独な死を迎えています。「展覧会の絵」もほとんど知 られることがない曲でした。この曲は、ムソルグスキ ーの死後40年ほど経ってから、ラヴェルによるオー ケストラ版への編曲によって、一挙に日の目を見たの です。ラヴェルは、「管弦楽の魔術師」と呼ばれるだ けあって、原曲を色彩豊かで華やかな、時として重厚 な曲に仕上げています。見事な編曲であり、現在、演 奏される「展覧会の絵」は、ほとんどがこのラヴェル 版です。ラヴェルの功績は非常に大きいと言えるでし ょう。
 しかし、ラヴェルの罪も大きいのではないでしょう か。モデルとなった絵がこぢんまりとしたスケッチ的 な絵であったにも関わらず、管弦楽の派手さから、壮 大なイメージの絵画が心に浮かんでしまいます。そし て何よりも、原曲が持つ泥臭いロシア的なものや、友 への追悼の表現が失われているように思えます。
 本日の演奏では、ラヴェルによるオーケストレーシ ョンの妙を楽しんでいただくと同時に、原曲にこめら れた、ムソルグスキーの気持ちにも想いを馳せていた だければと思います。また、もし原曲のピアノ版や他 の編曲版(ストコフスキー、リムスキー=コルサコフ、 アシュケナージ等)をお聴きになったことがなければ、 ぜひ一度、聴いてみてください。より一層深く、「展 覧会の絵」を鑑賞することができると思います。

【各曲紹介
<プロムナード>
 トランペットが主題を奏で、金管、 木管、弦楽器が続きます。この旋律は全曲中、4回、間 奏として表われます。

<1. 小人(グノーム)>
 地底の宝を守る土の精グノ ームのグロテスクな様子が描かれます。

<プロムナード>
 冒頭の主題がホルンと木管楽器が主 となって、穏やかに奏されます。

<2. 古城>
 中世の城のそばで、吟遊詩人が歌ってい る情景を、アルト・サクソフォーンの旋律が歌います。

<プロムナード>
 主題が重々しく、短く奏されます。

<3. チュイルリー>
 パリのチュイルリー公園で、子 供たちが口げんかしながら遊んでいる様子を表わしてい る、軽快な曲です。

<4. ビドロ>
 この曲は、荷車、牛車を表わしている とされています。しかし、ビドロとは、ポーランド語で 家畜、虐げられた人々という意味があります。本当は何 を描こうとしたのかは謎ですが、重苦しい雰囲気の音楽 は、単に牛車の動きを表わしているのではないことを語 っています。

<プロムナード>
 主題が寂しげに奏されます。

<5. 殻をつけたひなの踊り>
 木管と弦楽器がひな鳥 の鳴き声とせわしない動きを表現します。

<6. サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ>
  威張った金持ちのユダヤ人サミュエルと卑屈な態度の貧 しいユダヤ人シュミイレを、低音と弱音器をつけたトラ ンペットで表わしています。

<7. リモージュの市場>
 フランスの町、リモージュ の市場の賑わいと女性たちのおしゃべりを描いています。

<8. カタコンブ>
 パリにあるローマ時代の地下の墓 を表わしています。カタコンブは、迫害されたキリスト 教徒の隠れ家でもあります。金管を中心とした重厚な和 音が連続し、沈痛なメロディーが聴こえてきます。次曲 と合わせて、ガルトマンへの鎮魂を思わせます。

<死せる言葉による死者への呼びかけ>
 物悲しい調子 のプロムナードです。

<9. バーバ・ヤーガの小屋>
 バーバ・ヤーガはロシ アの伝説の魔女で、人骨の柵に囲まれた、鶏の足の上に 立つ家に住んでいます。魔女が箒にまたがって飛び回る 姿が激しい勢いで表わされ、途切れることなく、フィナ ーレへとなだれ込みます。

<10. キエフの大門>
 フィナーレにふさわしい、 堂々とした曲です。キエフの大門は、ロシア民族の誇り を象徴しています。クラリネットとファゴットによる聖 歌風のコラールや鐘の音も加わって、ロシア正教や古都 キエフが表現され、壮大なクライマックスを迎えます。

F.I.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2007