曲目紹介

モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K550


モーツァルト(1756〜1791)の交響曲は全41曲にのぼるが、短調で書かれた作品はわずか2曲にすぎない。彼が17歳の時に完成させた25番と、本日演奏される40番である。そのいずれもがト短調で書かれているのだが、存在する24調性の中から彼がト短調を採用し、しかもこの2曲共に同じ調を選んでいる点も特筆に値する。それはト短調という調性が持つ独特の性格に由来すると思われる。様々な音楽家がそう語っているように、モーツァルト自身もこの調を「最も陰鬱で悲劇的」と位置づけていたからである。ト短調は長い間、音楽家のみならず多くの芸術家によって様々な解釈が生み出されてきた。ロマン主義時代には「ギリシャ的な美」をみてとる傾向が強く、時代が進み19世紀に入ると「苦悩をこらえての嘆き」と考えられるようになった。
本曲で頻繁に使用される短2度の音程は、実に特徴的に鳴り響く。第1楽章冒頭のテーマに早速聴こえてくるのであるが、彼は「最も苦悩に満ちた音程」とされる短2度を基本動機として全曲にわたって盛り込み、これに派生する半音階的旋律や和声に重要な機能を与えた。そして、音楽界がバッハ以来育み続けてきたポリフォニー(多声)技法を巧みに使用し、バロック的な厳しい線的性格を打ち出している。しかし同時にロマン的な色合いも醸し出しており、両者の融合度は非常に高いといえよう。
ところで彼の最後の3つの交響曲―39番、40番、41番(ジュピター)―は驚くことに、およそ1ヶ月半の間に一気に完成された。ロマン的な39番、哀愁に満ちた40番、壮麗な41番といったように、短期間に書かれたとは信じ難い三者三様の異なった趣をみせている。この点も彼の天才性を垣間見せる。

第1楽章:Molto allegro ト短調
きわめてロマン的な冒頭。主題は、ため息のような音型(短2度)の連続が憧憬に溢れて6度跳躍したのち、順次下行する。この主題は有名なフレーズであり、実に短い楽句で無駄のない語り口で魅了している。

第2楽章:Andante 変ホ長調
慰めとやすらぎに満ちた美しい楽章。第1楽章の動機「ため息」の音型は、本楽章においては嘆きが昇華されるかのように慰めの言葉として扱われている。

第3楽章:Menuetto:Allegretto ト短調
暗く蒼古な趣を湛えたメヌエット。2声対位法(2つの旋律が各々独立性を持って書かれる書法)がストレッタ(楽曲の終わりに緊張感を高めるためにテンポを早めて奏される部分)へと緊迫していくところも注目したい。

第4楽章:Allegro assai ト短調
構成性の明瞭さが特徴的である。曲の最後は宿命的なト短調そのままに、ピカルディーの3度(短調の終止を長調のような長3和音にした場合の3度)に転ずることなく突き進む。

H.S.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2006