曲目紹介

ブラームス 交響曲 第一番 ハ短調 作品68



 「クラリネット奏者として一度は演奏してみたい曲」。これは私のこの曲に対する勝手な思いですが、多くの人から愛され、演奏会で取り上げられることの多い名曲中の名曲であるこの交響曲を、ブラームスが完成したのは1876年、彼が43歳のときでした。これは、モーツァルトはもちろんのこと、数多い作曲家の中でも、もっとも遅い年齢といっても差し支えないでしょう。しかしながら、彼は22歳のときにシューマンの「マンフレッド序曲」を聴いて感激したことに端を発して、この曲の第1楽章のスケッチを開始したといわれています。すなわち、着想してから完成するまでに実に21年の年月を費やしているのです。これも、他の作曲家には全く例を見ないことでしょう。このことから、ブラームスのこの曲に対する深い想いを窺い知ることができるのではないでしょうか。
 現代でこそバッハ、ベートーヴェンと並び3人の偉大な「B」で始まる作曲家と称されるブラームスですが、「ベートーヴェンという巨人」を意識し、尊敬し、先人に肩を並べるような、そして自らが納得できるような音楽を作り上げるために、経験と努力を積み重ねた結果が、1曲の交響曲を書くために、これだけの歳月を費やしたことに顕れていると思われます。この曲を聴いた指揮者のハンス・フォン・ビューローが、「ベートーヴェンの第十番の交響曲」と絶賛した話は、あまりにも有名ですが、これは彼にとって最大級の賛辞だったのではないかと思います。
 この曲には、その後の彼の作品に多く見られるような、いかにも「ブラームス的」な特徴が数多くちりばめられています。それは、三度の動きを特徴とした各楽章間の調性や、ソナタ形式に取り入れられた変奏曲の要素ということもさることながら、全体的な管弦楽の色彩感なのではないでしょうか。1楽章と4楽章に見られる特徴的な序奏部、2楽章のこの世のものとは思えない美しい旋律、3楽章の素朴かつ懐かしさを覚える主題、そして4楽章の牧歌的なアルプス・ホルンの旋律とそれに続くコラール、感動的なクライマックスなどは、この曲を非常に印象付けるものとなっています。そして曲全体にあふれる雄大かつ緻密な世界は、この曲の評価を不動のものにしているといっても過言ではないでしょう。
 ブラームスはその63年11ヶ月の生涯を通じて、(作品番号のつけられているものだけで)122曲の作品を世に残しています。しかしながら、管弦楽作品は、交響曲4曲、協奏曲4曲を含めて、わずかに13曲しかありません。クラリネットを用いた曲は、彼が晩年に名手ミュールフェルトと知り合ったことで、有名な「クラリネット五重奏曲」や「クラリネット・ソナタ」等がありますが、私は、それらの曲を聴くにつけ、その美しいエッセンスをもっと多くの管弦楽曲に残してくれなかったことを、ついつい無いものねだりしてしまいます。
 ブラームスとクララ・シューマンに関する逸話は、非常に有名であり多くの本にも書かれていますが、そのことも含め、彼がその21年間に経験したことはあまりにも大きく、そしてそれらの想いが、「音楽」としてこの曲には詰め込まれていることと思います。私のような若輩者に、ブラームスの「音楽」の全てが理解できるとは到底思えません。冒頭に「一度は・・・」という記述をしましたが、演奏者としての本当のところは、以下に引用する、クラリネット奏者のカール・ライスター氏の言葉なのかもしれません。
「ブラームスの音楽に対する理解は、年齢とともに変わってきます。そしてまた、年齢とともに違った愛し方をするようになるでしょう。」

K.S.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002