曲目紹介

ワーグナー 「タンホイザー」序曲



 「タンホイザー」は、「さまよえるオランダ人」に続きワーグナー自らがその台本をも手掛けたロマン的歌劇で、1845年10月19日にドレスデンで初演された。
 ワーグナーはここで2つの伝説をつなぎあわせて物語を作っている。その1つはタンホイザー伝説である。この吟遊詩人タンホイザーは13世紀の実在の人物だが、伝説化され、恋の快楽を知るためにヴェーヌスベルク(ヴェーヌス山)へ1年間たてこもったと伝えられている。もう一つはヴァルトブルクで行われた歌合戦の伝説で、1207年に行われたと伝えられるが、歴史上に記録はない。ワーグナーは肉欲的愛と精神的愛との対立を基盤としてこの2つの伝説を巧みに合わせている。

 舞台は13世紀初頭、ドイツチューリンゲン地方。吟遊詩人タンホイザーはエリーザベト姫の清純な愛を得ていたにもかかわらず、異郷の妖艶な背徳の女神ヴェーヌスと歓楽の日々を過ごしていた。彼はそれにも飽きてアイゼナッハのヴァルトブルク城にもどったが、歌合戦に参加してヴェーヌスの官能的な愛をたたえたことから、人々の怒りを買い、ローマへ巡礼にいく。しかしローマ教皇の許しは得られなかった。それを知ったエリーザベトはタンホイザーのために己が身を捧げたことにより、彼は救済された。

 このオペラは表面的には、単純な「精神的な愛の勝利」を内容としているように見えるが、実際は偏狭な禁欲主義への反抗をほのめかしている。2幕でエリーザベトがタンホイザーの享楽をたたえる歌をきいてそれに賛意を示そうとしていること、また3幕のタンホイザーの「ローマ語り」のカトリシズムへのへの反抗などにそれがみられる。ワーグナーは愛には2つの相があることだけでなく、これら2つの相の間にある相克までも描き出そうとしたのではなかろうか。

 この序曲は荘厳な雰囲気に充ち溢れたアンダンテ・マエストーソの「巡礼の合唱の主題」に始まる。最初は静かであるが、主題が幾度も反復されるうちに、曲は次第に力強く盛り上がっていく。アレグロの中間部では、ビオラによる「歓楽の動機」、クラリネットによる「ヴェーヌスの動機」などがめまぐるしく現れ、ヴェーヌスベルクの妖艶な世界が描かれている。そして、主題の繰り返しを経て、崇高な気分を高めながら曲の結末へと至る。

K.O.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002