曲目紹介

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 作品90



 この曲の初演を指揮したハンス・リヒターは、このヘ長調交響曲をブラームスの「エロイカ」と呼びました。あの記念碑的で広大なベートーヴェンのそれとの対比は、共に曲の開始がアレグロ・コン・ブリオであることと、共に第3交響曲であることを除くと大変難しい問題ですが、確かにこの曲には簡潔な題材を基に楽想を展開させる点においてベートーヴェン的要素が存在しています。この曲はブラームスの交響曲の中で、最も短くまた最も緊密に組み合わされたものです。曲の骨格は、ブラームスにしては短い4ヶ月弱という期間で出来上がったようですが、第1交響曲の完成に費やした20年と比較する正に霊感のひらめきといえるでしょう。1883年の5月中旬にブラームスはライン地方での旅行の真最中でしたが、彼は落ち着いて仕事のできるヴィースバーデンに素早く場所を借り、バートイシュルでの夏の滞在をキャンセルして、このヘ長調交響曲の作成に没頭しました。
 この集中的な作曲活動が、ブラームスにおいてすら珍しい主題の首尾一貫性や構成上の統一をもたらしました。クララ・シューマンはこの曲のピアノ2台版を弾いてみた後で、1884年2月11日付のブラームス宛の手紙で以下の様に述べています。「全楽章が同種のものでできていて、まるで心臓の1鼓動のようです」。クララは曲の冒頭の重厚な3和音を弾きながら、高音部のヘ?変イ?へ(F-As-F)の上昇動機が、ブラームスの好んでいた"Frei aber froh(自由にしかし孤独に)"の楽天主義的な対をなしています。このように音符にそれ自体以外の意味を付与する形式は、ブラームスの曲においては稀です。この特徴的な動機は曲全体にわたって何度も現れます。イの代わりに変イの音を用いることによりヘ長調からヘ短調的なものへと暗くなるので、この曲においてはヘ長調の優位性は確固たるものではありません。勿論、タイトルから私達は最終的にはヘ長調が勝ることを既に知っているのですが。
 この曲全体を通して私達は、上昇3音動機の発展やヴァイオリンの主題に現れる下降3度の音型、長調と短調の間の移行などが魅力を増していく過程を追いかけていくことができます。このことが、クララ・シューマンが「全楽章が同種のものでできている」というコメントで表現したものです。この全曲にわたる関連性は、入り組んでいて且つ繊細なものですが、私達はそれらの存在を認識し、それらがゆるぎのないものであることを知るのです。
 この第3交響曲はその明らかな美しさにもかかわらず、ブラームスの作品の中で必ずしも理解しやすいものではありません。彼は、この作品を構成する題材の品質やその展開の論理が彼らの自らに課したベートーヴェン並のレベルへの到達を満たしているのに、ベートーヴェンがよくやったように私達の肩をゆするようなことはしないからでしょう。全4楽章共に静かに終わり、力強い瞬間も時に大変抑制されたものであるがために殆ど耐え切れないほどの緊張感をもたらします。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調 6/4拍子
 管楽器による3和音の基本動機に続いて弦が情熱的に第1主題を奏しますが、その際低音には基本動機が響いています。長調と短調の交代のうちに強烈なディナーミクの強調を見せやがて変ニ長調となり、拍子も9/4となりイ長調に落ち着き、クラリネットが牧歌風の第2主題を奏します。変化した基本動機によって6/4拍子に戻り、管の柔らかい動きが時おり激しい上昇を見せて提示部を終えます。展開部は変化に富むが短く、再現部は提示部とほぼ同じです。終結部では第1主題がますます強烈に高められるが嵐のあとの様に静かに終わります。

第2楽章 アンダンテ ハ長調 4/4拍子
 ティンパニとトランペットは用いられず、ブラームスが若き日より、最も愛した楽器であるクラリネットのため美しいパッセージに溢れています。木管群により心安らぐ第1主題が提示されます。美しい変奏ののち、属調になりクラリネットとファゴットがわびしい第2主題を奏でます。木管と弦の対話がなされ、和音交代のうちにヴァイオリンの歌となり、第1主題が変化されていきます。第1主題は何回か繰り返され、再び和音交代ののち第2主題がクラリネットに戻り曲は静かに終わります。

第3楽章 ポコ・アレグレット ハ長調 3/8拍子
 憧憬にみちたチェロの主題で始まり、ヴァイオリンがこれを繰り返します。一度ハ長調になってからまた主題が戻ります。中間部は変イ長調で、ヴァイオリンのレガート旋律が切分音風の踊りに応えます。やがて、第1主題がこの上ない透明感をもってホルンに歌われます。

第4楽章 アレグロ〜ウン・ポコ・ソステヌート ヘ短調〜ヘ長調 2/2拍子
 この楽章は影のなかから密かに始まり約10分後には霧となって消えるのですが、重量感と力強さに溢れ劇的な輝きを持っています。ヘ短調の主題のあとの、トロンボーンに先導される陰鬱な旋律は2楽章中間部からきています。ヴァイオリンによる雄叫びののち、ト長調の楽しげな第2主題がチェロとホルンに出ます。続く長調と短調の葛藤は私達に手に汗握らせます。展開部がないかわりに再現部がそれ自体力強い展開を見せます。結尾は当然ながらヘ長調になるのですが、全精力を使い果たしたような状態で音楽が緊張から解き放たれ、静けさの中で曲頭の旋律を思い出す形式は当時斬新でした。


H.M.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002