曲目紹介

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」



 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」は、ベートーヴェンが書いた5曲のピアノ協奏曲のうち、唯一表現が付けられています。5曲の中でも最大の規模をもち、今日にいたるまで、きわめて成熟した傑作として演奏会の重要曲目の一つとなっています。
 この曲は、1809年、彼が39才の時に作曲されましたが、この時期はベートーヴェンの第二期の終わりにあたら、以後彼は第三期への過渡期へ踏み込んでいきます。
 当時、フランス行程であったナポレオンがヨーロッパ全土を侵略しつつありました。皇帝ナポレオンは多くの封建主義国家を隷属させ、敗戦諸国の人民をフランスの侵略と自国の搾取者との二重の圧迫の下に呻吟させることで、人民大衆の反抗を誘発し、結果として民族解放闘争に火を点ずることになっていきました。
 ヨーロッパ全土がナポレオンからの解放を願って沸き立っていた中、ウィーンの市民も戦いに向かって立ち上がりました。ただ1つのドイツ独立国として残ったオーストリアでしたが、5月9日にフランス軍はウィーン郊外に到着し、ウィーンはその砲撃圏内に入りました。その頃、ベートーヴェンは弟カールの住居の地下室に難を逃れ、耳に枕をあてて砲撃の爆音が難聴の耳をさいなむのを防いでいました。2、3日後、残念ながらウィーンはフランス軍によって占領されてしまいました。
 ベートーヴェンの弟子であり保護者でもあったルドルフ大公は、戦乱を逃れてウィーンを離れる皇室一家に同行することになりましたが、この出発を悲しんだベートーヴェンは、ピアノソナタ「告別」とこの第5協奏曲をルドルフ大公に献呈しました。ピアノソナタ「告別」は優雅で落ち着いた静かな曲ですが、同年に作曲された第5協奏曲は全く違った曲風を備えています。作曲当時、ベートーヴェンはきわめて不便な生活をしていましたが、危機に際してその闘いの心をこの壮大な協奏曲に注ぎ、実に輝かしく、また堂々とした作品に仕上げています。
 全曲は三つの楽章からなり、第二楽章と第三楽章は中断されずに演奏されます。各楽章はそれぞれ個性的であり芸術的に高い完成度を示しています。

 第一楽章(変ホ長調 アレグロ)ソナタ形式
  冒頭、オーケストラの和音に続くピアノの印象的なカデンツァで始まり、その後のオーケストラで奏でる主題が繰り広げられていきます。壮大で力強くまとまっている楽章です。

 第二楽章(ロ長調 アダージョ・ウン・ポコ・モッソ)リート形式
  しっとりと落ち着いた変奏曲風の形が特徴的です。弦合奏による美しい旋律で主題が始まり、続いてピアノによる新しい中間楽節の楽想が現れます。その後ニ長調へ転調し、中間楽節が姿を変えて反復されます。二楽章の終わりに、三楽章への推移としてホルンの持続音の上に、三楽章の主題がピアノによって静かに示されます。

 第三楽章(変ホ長調 アレグロ)ロンド形式
  アタッカで突入した三楽章でいきなりフォルティッシモで主題があらわれます。全曲中で最もエネルギッシュな楽章です。勢いのある主題に対し、随所で現れる音階的曲想もこの楽章の特徴の1つです。

 初演は1810年12月、ヨハン・シュナイダーがライプチヒのゲヴァントハウスで行い、大成功を収めています。


C.I.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002