曲目紹介

ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲



 「マイスタージンガー」をそのまま訳すと、「名歌手」となるが、ここでは15〜16世紀のドイツの各都市で発達した職人たちから成る組合組織(親方−職人−徒弟)のトップ="親方"を意味する。当時、職人たちの教養を高める手段として歌の道が重視され、親方(マイスター)になるためには、その職の技量もさることながら歌の実力を有していることが必要条件であった。つまり、職人の親方であり、同時に歌の名人である。
 音楽家であり、思想家・文学者でもあった、リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883、(独))は、この「マイスタージンガー」を題材に3幕からなるオペラを描いた。現実的な世界を題材にしている点でかつて主として伝説や神話の世界を扱ってきたワーグナーの作品としては珍しい。
 16世紀中ごろのドイツで世俗的な民衆歌人の本拠地であったニュルンベルクを舞台に、若くひたむきな騎士が、マイスタージンガーになるための歌合戦に挑戦し、保守的なライバルと争いながらも見事優勝し、金細工師の親方の娘と結ばれるというものである。彼らたちの歌合戦を通して、新しい民衆芸術の理念を訴える明るく喜劇的な内容。
 この中に登場する当時実在した人物、ハンス・リックは、親方たちの多くが巨匠的なマンネリズムに陥り、芸術性から遠ざかっているのを批判し、新鮮な歌を自ら発表して歌合戦の世界に新風を吹き込む。ワーグナーは、自分を彼と重ね、周囲の批判にも屈せず新しいオペラの開拓に取り組む自分の姿勢を暗に示した。
 本日演奏するのは、第一幕への前奏曲。
まず、管と弦が一斉に力強く奏し、その後、柔和な旋律が表情豊かに現れる。金管を主体に明朗な気分で「行進の動機」、弦による「芸術の動機」を表し、しだいに対位法的な厚みを増し庶民芸術をたたえるかのようなクライマックスへ…。
 所々、明るく軽やかなでありながら、全体的には人間の愛と真実の威容を備えている。
 このオペラは、ドイツでは人気抜群の作品で、祝典として上演されることもある。
 東芝創立125周年記念にふさわしく皆様が十分に楽しんでいただける演奏にしたいと思っております。

S.H.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002