曲目紹介

スメタナ:交響詩「わが祖国」より「モルダウ」



 "チェコ音楽の父"と呼ばれているスメタナは、近代チェコ音楽の基盤を築いた重要な作曲家である。1824年3月2日、チェコの東方モラヴィアとの国境に近い小都市、リトミシュルに生まれた。当時ノボヘミアはオーストリア帝国の属国として、政治、宗教、文化などあらゆる方面でその自由を奪われていた。そのような中にありながら、スメタナは強い祖国愛を貫き、6曲からなる連作交響詩「わが祖国」を書いた。今日、お贈りする「モルダウ」は、その2曲目にあたり、その中の美しい旋律は有名で、1度は耳にしたことがある方も多いのではなかろうか。この曲には作曲者自身による、次のような解説がなされている。
 この作品はモルダルの流れを描写したものである。この川は2つの源をもち、冷たい流れと暖かい流れからなる。その2つの最初の源に耳をそばだて、流れを追ってゆく。やがて2つは合わさり、陽光を受けては美しく輝きながら、ボヘミアの豊かな森、広い草原を通り抜け、次第に川幅を増してゆく。岸辺には狩猟のラッパや農民たちの踊る声がこだまする。夜になると水面は青白い月光に照らされて、水の妖精たちが踊りを舞い、川は誇らしげな城や、いかめしい廃虚の前を通り過ぎてゆく。やがて、流れは聖ヨハネの急流にさしかかり、すさまじい水しぶきをあげる。その後、幅広い流れとなってプラハに入ると、古城ヴィシェフラドが岸辺にその姿を現す。モルダウは城を仰ぎ見つつ優々と流れ去ってゆき、ついにはエルベ河にそそぎ込む。

 この名曲を書いたスメタナも、このベートーヴェンと同じくして、実は耳の病に悩まされており、このモルダウを書いた頃には殆ど耳が聞こえなかったという。そのような中でも、彼は燃えるような愛国の情熱を傾け、なんと19日間でこの曲を書き上げた。やがて、精神錯乱の兆候さえ現れてきたスメタナは、1884年5月12日、精神病院の中で狂気の発作の内にその生涯を閉じた。その日も、清らかなモルダウの流れは川面に水をいっぱいたたえ、プラハの町中には草花が色鮮やかに咲き乱れていたという。


S.T.


© 東芝フィルハーモニー管弦楽団 2002